ホテルのデジタルマーケティングの変遷
OTA登場と「大箱」「資本力」優位の時代
宿泊施設のデジタルマーケティングは、大手 OTA(Online Travel Agency)、たとえば Expedia や Booking.com、国内でいえばじゃらんや楽天トラベルの台頭とともに本格化し、旅行者の検索を一手に引き受けてきました。
OTA というプラットフォームの特徴は、構造的に大型施設に有利に設計されていることです。検索上位に表示される施設はプラットフォームがより多くの手数料を得られる施設、つまり客室数の多い大箱や、OTA のマーケティング施策へ投資できる資金力をもつ施設になります。さらに、条件検索の仕様のために、上位に表示されるのは設備・価格競争力・レビューの充実した施設です。
さらに、OTA への手数料は一般的に予約額の15〜25%程度。利益率の低い施設にとっては、たとえ OTA から予約が入っても収益を侵食するコストが高く、負担が大きくなります。
スペックが高く大量の在庫を持つ「大箱」が有利で、たとえ魅力的でも小さな宿は検索の下層に埋もれやすい。そして予約が入ったとしても多くの手数料を取られ、利益が出ない。
これが宿泊業界の伝統的な「集客の構造」であり、特に中小施設にとって「脱 OTA」は今も大きな課題となっています。
SNSが開いた「美意識という武器」と「映えという枷」
この構造にひびを入れたのが、SNS——とりわけ Instagram の普及です。
人の心に刺さる写真が世界中に届く時代になると、スペックや価格競争力では劣っても美意識とデザイン性のある宿が新しい力を持つようになりました。インテリアにこだわった小さなホテル、自然に囲まれた一棟貸し、美しいディナーが楽しめるオーベルジュ——こうした施設が、インフルエンサーや感動したゲストの投稿によって拡散し、公式サイトから直予約に繋がる事例が相次ぐようになりました。
知名度はなくとも美意識のある中小規模のホテルにとって、OTA を介さない直予約ルートがリアルな選択肢になったのです。
しかし、Instagram にはその強みゆえの枷(かせ)がありました。ビジュアル偏重になるあまり、「映え」る写真を SNS に投稿することだけを目的にミスマッチな旅行者が訪れ、オーナーが本当に伝えたいストーリーや体験がないがしろにされる例が相次ぎます。また、そもそも写真に長けたスタッフがいない宿や本質的な魅力が見た目ではないホテルは、変わらずゲストに見つからないままです。
さらに Instagram をはじめとする SNS は、アルゴリズムを頻繁に変更します。ストーリー・リール動画・おすすめ投稿の導入、インフルエンサーマーケティングの普及、広告費なしでのリーチ減少——変化に追いつくためのアルゴリズムハックとそのための資金投入が必要になり、少人数で運営する中小施設は自らコントロールしがたい注意経済の負荷に疲弊していきました。
地図アプリがもたらした、「ロケーションと口コミにもとづく平等な比較」
その後、変化をもたらしたのが、地図アプリ(特に Google マップ)です。
Google マップは指定したロケーションにある登録されたすべてのホテルを表示できます。飲食店や観光スポットも同時に表示され、日頃から気になる場所にピンも立てられる。さらに交通手段を調べられ旅行ルートの設計もしやすいことから、Google マップは旅行計画の出発点として定着していきました。
それにつれ、ホテル予約に「Google マップで検索・またはピンを確認→施設情報や写真や口コミを調べる→Google 無料予約リンク(マップに記載されている予約サイト URL)から予約」という新しいフローが生まれました。
ここで重要なのは、Google マップ上では OTA のようなスペック評価ではなく、「ロケーションと口コミ評価」が主たる選択基準になる点です。ロケーションが良く、誠実なサービスや独自の魅力で口コミ評価が高い宿は、設備の整ったチェーンホテルと対等な選択肢として並べられます。また、無料予約リンクを設定していれば地図上から公式サイトへの動線も設定できます。資本力に頼らない露出手段と公式サイト直予約への入口が一つ増えたことは、中小施設にとって大きな前進でした。
それでも、Google マップでの比較はあくまで「探している人に見つけてもらう」構造であり、旅行者がどのキーワードで検索するかに依存します。またユーザーが立てるピンは SNS や YouTube で発見したものであることも多く、ニッチな条件や細かいこだわりを持つゲストにホテルがリーチすることは難しいのが現状です。
生成AIが変えつつある「ホテルの見つけかた」
そして今、旅行者の情報収集行動が再び大きく変わりつつあります。
JTB 総合研究所(2025年)によると、旅行における生成AIの利用経験は1年間で49.0%から58.7%へ約10ポイント上昇、宿研の調査(2026年)では、生成AIで旅行計画を立てた630名のうち84.1%が「新たな発見があった」と回答、54.6%が実際に AI 提案の目的地を訪問しています(今回は割愛しますが、海外でもさまざまな AI を使ったホテル探しについての調査があります)。
この数字が示すのは、「検索して自分で探す」から「AI に相談して自分では思いつかなかった場所を提案してもらう」という、ホテルの見つけかたの転換です。
また、従来の検索エンジンでは「京都 ホテル おすすめ」といったキーワード検索が限界でしたが、生成AIには自然言語で細かいニーズを伝えることができます。例えば「インテリアがおしゃれで、1泊3万円以下、地元の食材が食べられる、友達2人で泊まれる京都の宿をおすすめして」——こうした複合的な希望を受け取り、Web 情報全体を検索して回答できるのが生成AIの力です。
そして生成AIはユーザーのニッチな希望を叶えるために「その宿ならではの個性と文脈」をリサーチし、「規模に関係なくその人にフィットするユニークなホテル」を提案する可能性があります。これは、大型施設が有利だった OTA 時代とは逆のダイナミクスとも言えるかもしれません。
さらに AI 検索の特徴として、他の流入経路よりもコンバージョン率が高いことがあるそうです。ユーザーは自分の希望を叶えるホテルだという期待を持って流入するため、予約率が高くなりやすいと考えられています。
CHILLNNが実現したい「ホテル選びの未来」
CHILLNN は、数年先のホテル選びは、例えばこんなシーンになるだろうと信じています。
ある日、女子大学生 A が天橋立・宮津に旅行に行こうと友人と話し、その場で ChatGPT に「京都の宮津で女友達と泊まれる、高すぎなくておしゃれなホテルをおすすめして」と入力する。ChatGPT は宮津のブティックホテルを数件推薦し、なぜそこが彼女たちに合うかを説明する。それらは A も友人も知らなかったホテルだった。
彼女たちは気になるいくつかのホテルを Instagram と Google マップで調べ、デザインが素敵で口コミも良い1つのホテルを見つける。Google 無料予約リンクで公式最安値だと知り、公式サイトから直接予約。
ホテル滞在は期待を超えていて、A はホテルにグッドレビューを残す。数ヶ月後、別の旅行者 B が宮津のホテルを AI で探し、AI は A の残したレビューを参照して同じホテルを推薦先の1つにする——。
AI が窓口になり、これまで埋もれていた「こだわりのある独立系の宿」と「それを探していた旅行者」がマッチングするようになる。OTA への投資でもインスタ映えする動画でもなく、宿の"こだわりと想い"そのものが検索の文脈に乗る時代がもうすぐ来る。そう私たちは思うのです。
CHILLNN はこの潮流を、魅力的なホテルにとっての追い風にしたい。
私たちは、今まで CHILLNN ご利用のお客様である、また残念ながらご縁がなかったとしてもお話しをさせていただいた、たくさんのユニークで素晴らしいホテルを知っています。それらのホテルの魅力を最大限に感じ取ってくれるゲストが存在することを見てきています。
私たちは、ホテルとゲストの幸福な出会いを増やしたい。そのために、生成AIは強力な武器になると考えています。
現在、CHILLNN では下記のサービスを提供準備中です。※変更の可能性があります
- サイト構造・コンテンツ・口コミ管理など、対生成AIベストプラクティスのコンサルティング
- ホテルの魅力を人間にも AI にも伝えられる予約ページの作成支援
- ホテルが割くべきリソースの優先順位がわかる集客施策の診断ツール
生成AIという世界的な潮流に乗り、ホテルと旅行者の新たな出会いを加速させる私たちの取り組みに共感し、共に向かってくれる仲間を探しています。
事業者やホテルの皆さまの率直なお考えもぜひ教えてください。コメントやシェアをいただけたら大変励みになります!
FAQs
− よくある質問
[ Q ]
生成AIが宿を推薦するといっても、大手ホテルの方が情報量が多くて有利ではないですか?
ご懸念の通り、その側面はあります。生成AIは Web 上の情報を参照して回答を生成するため、情報量・言及数という点では認知度の高い大手ホテルが依然として有利です。「AI になれば一気に逆転」というわけではありません。
ただ、従来の検索エンジンと比べると、小さな宿にとっての条件は確実に変わっています。大手ホテルが「万人向け」に最適化されているとすれば、ニッチなニーズに対しては、たとえ情報量が少なくても「ぴったり合う宿」として浮上できる可能性があるのです。
また、CHILLNN では「入口さえできれば、コンテンツの質が伝わりやすい」点にも注目しています。大手に比べて絶対的な情報量では劣っていても、公式サイトやレビューに「この宿ならではの文脈」が丁寧に書かれていれば、AI はその個性を拾って推薦の文章に織り込みます。施設の魅力や強みが届くべきゲストに届く状態を地道につくっていける伴走役でありたいと考えています。
[ Q ]
SNSやGoogleマップの運用だけで手一杯なのに、さらにAI対策も必要なのでしょうか?
AIO は、新たに増えた「やるべきこと」というよりは、すでに Web 上に存在するあなたの宿の情報が資産になる取り組みです。公式サイトのコンテンツ、口コミ、メディア掲載などを AI が読み込みやすいかたちで貯めていくことで、「AI 対策を別途行う」ではなく、「一度つくった宿の魅力の発信が、人間にも AI にも届く状態」を実現することを目指しています。少人数で運営する宿が疲弊せずに済む仕組みを考えたいと私たちは考えています。
[ Q ]
まだ「提供準備中」とのことですが、今の段階で CHILLNN に相談する意味はありますか?
むしろ、今のこの段階だからこそ意味があると思っています。生成AIによる宿泊施設の発見経路はまだ形成途中で、「先行して情報を整えた宿」が有利になる可能性が高いです。また、「現場のリアルな声」を取り入れ、本当に中小規模の宿が必要とするツールを一緒に形にできるタイミングでもあります。ユニークな宿の個性や想いが強みになる新しい未来をいち早く実現するために、同じ想いを持つ事業者様とともに、ただのシステム提供者を超えた「一緒に業界を変えるパートナー」として歩んでいけることが、今からご一緒する最大のメリットだと信じています。
締め
OTA が普及した2000年代、Instagram が台頭した2010年代、Google マップが旅行計画の中心になった2020年代前半——それぞれの変化で「ホテルの見つかりかた」の条件は少しずつ変わってきました。生成AIはその文脈における最新の転換点であり、特にユニークな中小規模施設にとって追い風になる可能性があります。なぜなら生成AIにより、自然な会話文による「ニッチな希望とユニークな宿のマッチング」が可能になるからです。
CHILLNN は、ユニークな宿が魅力をより表現し、宿を愛してくれるゲストにもっと出会える世界を作るために、生成AIによるホテル探しに適応した予約システムやツールの開発を進めていきます。私たちのビジョンに賛同してくれる方やホテルは、ぜひご一報をお願いいたします。
参考文献
- JTB総合研究所: スマートフォンの利用と旅行消費に関する調査(2025年12月) — 調査ページ
- 宿研: 旅行計画での生成AI活用実態(2026年2月) — 記事